欧州最高峰クラブ大会|1955〜2005年 歴代王者・大会記録クイズ
問題 1
欧州チャンピオンズカップが生まれた経緯と、1955年の当初構想を正しく説明したものはどれか。
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発端は、ウルヴァーハンプトンを世界王者とした英国報道へのL'Équipe編集者ガブリエル・アノの疑問だった。アノらは欧州規模のクラブ大会を構想し、招待16クラブによるホームアンドアウェー方式の運営をUEFAが引き受けた。代表大会や既存大会の単純な改称ではない。
問題 2
レアル・マドリーが大会5連覇を決めた1960年の決勝で、チームの7得点を分け合った二選手と得点数の組合せはどれか。
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アイントラハト・フランクフルトに7-3で勝った決勝では、プスカシュが4得点、ディ・ステファノが3得点を挙げた。この二人だけで7得点全てを記録しており、ヘントは5連覇を支えた選手だが、この決勝の得点者ではない。
問題 3
レアル・マドリーが前半を3-2でリードした1962年決勝で、ベンフィカが5-3へ逆転した後半の経過はどれか。
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プスカシュの前半ハットトリックでレアル・マドリーが3-2とリードしたが、後半にマリオ・コルナが同点とした。その後、エウゼビオが2得点してベンフィカが5-3で連覇した。エウゼビオは同点弾ではなく、逆転後に差を広げる二得点を担った。
問題 4
1967年に欧州王者となったセルティックが、地元に根差したクラブ文化を象徴するチームとされる具体的な理由はどれか。
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UEFAの大会回顧は、ジョック・ステインが決勝でグラスゴー生まれの選手を10人先発させた点を強調している。出生地の近さが地元性を裏付けるのであり、全員の下部組織歴や代表主将歴を意味しない。決勝の開催地もグラスゴーではなくリスボンだった。
問題 5
1974年のバイエルン対アトレティコ・マドリー決勝は、最初の試合で延長終了直前に1-1となった。優勝はどのように決まったか。
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当時は延長で決着しない決勝を再試合で決める方式が用いられた。初戦はアトレティコが114分に先制したものの、シュヴァルツェンベックが120分に同点とし、再試合でバイエルンが4-0と勝った。現代のように初戦直後のPK戦へ進んだわけではない。
問題 6
ノッティンガム・フォレストが欧州チャンピオンズカップを連覇するまでの歩みを、正しい順序で示したものはどれか。
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フォレストは1部昇格後、国内リーグを制して欧州大会への出場権を得た。1978/79大会では初出場ながら前回王者リヴァプールを破って優勝し、翌1979/80大会も制した。欧州出場には先に国内で資格を得る必要があるため、初優勝が国内制覇より先の選択肢は成り立たない。
問題 7
1986年決勝のPK戦で、ステアウアは最初の2本を失敗した。それでも2-0でバルセロナに勝てた理由はどれか。
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ドゥカダムが相手の4本を全てセーブしたため、ステアウアは自軍の最初の2本を失敗しても失点しなかった。その後にラカトゥシュとバリントが成功し、PK戦は2-0で決着した。試合自体は120分を0-0で終えており、PK戦の点は事前に与えられたものではない。
問題 8
欧州チャンピオンズカップからチャンピオンズリーグへ移る時期の、方式と大会名称の変化を正しく説明したものはどれか。
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グループ方式は1991/92の移行シーズンに、2回のノックアウト後の8クラブを2組へ分ける形で先に試された。1992/93にはチャンピオンズリーグの名称、星形ロゴ、テーマ音楽による新しいアイデンティティが導入されたため、方式と名称の変化を同じ瞬間の出来事とみなさないことが要点である。
問題 9
1999年のマンチェスター・ユナイテッド対バイエルン決勝で、途中出場のシェリンガムとスールシャールが追加時間に果たした役割を正しく並べたものはどれか。
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最初のCKの流れからシェリンガムが同点弾を決め、続くCKでは同選手が頭でそらし、スールシャールが決勝点を押し込んだ。二人とも途中出場で、同点と決勝点だけでなく、その間のつなぎにもシェリンガムが関与した。試合はPK戦には入っていない。
問題 10
2005年のミラン対リヴァプール決勝を、前半終了後から優勝決定まで正しく説明したものはどれか。
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リヴァプールは前半を0-3で終えたが、54分のジェラード、56分のスミチェル、60分のシャビ・アロンソで同点とした。ドゥデクは延長戦にシェフチェンコの至近距離のシュートを防ぎ、PK戦でも2本を止めた。逆転は一人のハットトリックや延長戦の得点によるものではない。