FIFAワールドカップ歴史クイズ|1930〜1970年 黎明期と世界化
問題 1
1930年の第1回大会では、フランス対メキシコと米国対ベルギーが同時に始まった。大会史上最初の得点が記録された組合せはどれか。
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二試合は同時開始だったが、大会第1号はフランス対メキシコの19分にローランが挙げた。フランスはこの試合を4-1で制している。『最初の試合』を一つに決めるのではなく、同時開催のうち最初の得点が生まれた試合と選手を区別することが要点である。
問題 2
1930年決勝の前半終了時と試合終了時を比べた説明として、正しいものはどれか。
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開催国ウルグアイは先制後に逆転され、前半を1-2で折り返した。しかし後半にセア、イリアルテ、カストロが得点し、4-2で初代王者となった。延長戦や再試合による決着ではなく、90分の中で再逆転した試合である。
問題 3
1934年準々決勝のイタリア対スペインは、延長120分を終えて1-1だった。当時の大会で準決勝進出国を決めるために採られた方法はどれか。
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当時はPK戦が導入されていなかったため、翌日に再試合が行われ、イタリアが1-0で勝った。初戦から再試合開始までは約21時間半しかなく、両方にフル出場した選手は24時間以内に計210分を戦った。現代の延長後の決着方法をそのまま当てはめてはいけない。
問題 4
1938年大会のブラジル代表レオニダスについて、決勝トーナメントでの働きを最も正確にまとめたものはどれか。
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レオニダスは6-5となったポーランド戦で3得点し、チェコスロバキアとの準々決勝本戦と再試合でも得点した。一方、イタリアに敗れた準決勝は負傷で欠場している。初戦だけの活躍でも全試合出場でもなく、複数ラウンドで得点を重ねて大会得点王となった。
問題 5
1950年大会の最終戦を迎える時点で、ブラジルは引き分けでも優勝、ウルグアイは勝利が必要だった。大会方式と実際の結果を正しく説明したものはどれか。
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1950年は単独の決勝戦を置かず、4チームの最終リーグで優勝を決めた唯一の大会である。優勝決定戦となった最終戦ではブラジルが先制したが、スキアフィーノが同点、ギジャが決勝点を挙げ、ウルグアイが2-1で勝った。ブラジルには引き分けでも足りたため、この逆転の意味は特に大きい。
問題 6
1954年決勝「ベルンの奇跡」の得点経過を正しく説明したものはどれか。
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ハンガリーはプスカシュとチボルの得点で8分までに2-0としたが、西ドイツはモーロックとラーンにより18分までに2-2へ戻した。長い均衡の後、ラーンが84分に決勝点を挙げた。延長戦やPK戦ではなく、序盤の立て直しと終盤の一撃で完成した逆転である。
問題 7
17歳のペレが1958年大会の決勝トーナメントで達成した記録を、大会段階の順に正しく並べたものはどれか。
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ペレはウェールズとの準々決勝で大会史上最年少得点、フランスとの準決勝で最年少ハットトリック、スウェーデンとの決勝で最年少得点を記録した。ハットトリックは決勝ではなく準決勝であり、主将や退場に関する並びではない。
問題 8
1962年大会でブラジルが連覇した過程を、主力選手の負傷とチームの対応という観点から正しく説明したものはどれか。
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ペレはグループ第2戦で負傷し、その後は出場できなかった。それでもガリンシャ、ババ、アマリルドらが得点面を支え、ブラジルは決勝でチェコスロバキアを3-1で破った。連覇はペレ一人の継続出場ではなく、主力離脱を複数選手で補ったチームの対応力を示す。
問題 9
1966年大会のジェフ・ハーストについて、決勝での記録に至る起用経緯を正しく説明したものはどれか。
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第一選択のFWだったグリーブスが負傷し、ハーストは代わって決勝トーナメントに出場した。西ドイツとの決勝では1点を90分以内、2点を延長戦で挙げ、史上初の決勝ハットトリックを達成した。大会当初から不動の先発だったという単純な成功譚ではない点が重要である。
問題 10
ブラジルが1970年大会で史上初の通算3回優勝国になったことは、当時の優勝トロフィーの扱いにどのような結果をもたらしたか。
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ブラジルは1970年に最初の通算3回優勝国となり、当時のジュール・リメ杯を永久保持した。そのため1974年大会から現在につながる新しいFIFAワールドカップトロフィーが用いられた。現行トロフィーには、3回優勝すれば国が永久保持できるという同じ仕組みはない。